2005年2月27日

●甘い囁き/細川俊之・中村晃子


オリジナルはアラン・ドロンとダリダが歌った「パローレ、パロレ、パローレ・・・・」で小ヒットでした。これを細川俊之と中村晃子のコンビでカバーし、ややヒットだったと思います。細川俊之は語りだけですが、これだけクサイ科白をシラっと語れるのはこの人くらいでしょうか?しかし、中村晃子は最近見かけませんねぇ。完全に「あの人は今?」状態になってます。今回だけ中村晃子の顔がよく見えるように写真大きめにしてます。


トホホ度★★★★☆
お笑い度★★★☆
意味不明度★★

2005年2月26日

●シティ・コネクション/エマニエル坊や

珍盤・奇盤カテゴリー初の外人歌手、エマニエル坊やが歌うのはクラリオンのカーステレオのCMソングです。一応日本語ですが、分かったような、分からないような発音で、歌詞は正確に分かりません。坊やも今では、34、5才の筈で、アメリカで「あの人は今?」みたいな番組に出ていたそうです。しかし、一体なんだったんでしょうか?

トホホ度★★★☆
お笑い度★☆
意味不明度★★★★





2005年2月19日

●くそくらえ節/岡林信康

岡林ファンなら誰でも知っている曲なので、珍盤とは言い難いところですが、奇盤の資格は十分でしょう。曲の中の科白でも語っているように一旦廃盤になったらしく、それを当時のインディーズであるURC(Underground Record Club)レコードから発売したようです。全部で約7分半ありますので、シングル盤としては珍しく33・1/3回転です。録音は昭和43年でこの時岡林は22歳、既にこの時点で彼の芸は完成しています。岡林の録音は殆どが復刻されておりますが、これだけはオリジナル発売の経緯もありぃので、復刻される事はないと思います。音質は今市ですが、ご了承下さい。

トホホ度★★★☆
お笑い度★★★☆
意味不明度★★☆





2005年2月12日

●子供達を責めないで/伊武雅刀

ひたすら「私は子供が嫌いだ!」と叫ぶ伊武雅刀ですが、この歌の出来た背景というか、訳というかさっぱり分かりません。歌でも無く、ラップでもなく、何だか不明であります。しかし秋元康の作詞は素晴らしいですね。本当に私は子供に生まれないでよかったと胸をなで下ろしているところです。


トホホ度★★★★☆
お笑い度★★★☆
意味不明度★★★★☆



  私は子供が嫌いです
  子供は幼稚で礼儀知らずで気分屋で
  前向きな姿勢と 無いものねだり 
  心変わりと 出来心で生きている
  甘やかすとつけあがり 放ったらかすと悪のりする
  オジンだ 入れ歯だ カツラだと はっきり□に出して入をはやしたてる無神経さ
  私ははっきりいっで絶壁"です

  努力のそぶりも見せない 忍耐のかけらもない
  人生の深みも 渋みも 何にも持っていない
  そのくせ 下から見上げるようなあの態度

  火事の時は足でまとい 離婚の時は悩みの種
  いつも一家の問題児 そんな御荷物みたいな そんな宅急便みたいな
  そんな子供達が嫌いだ

  私は思うのです この世の中から子供がひとりもいなくなってくれたらと
  大人だけの世の中なら どんなによいことでしょう
  私は子供に生まれないでよかったと胸をなで下ろしています。

  私は子供が嫌いだ ウン! 
  子供が世の中のために何かしてくれたことがあるでしょうか
  いいえ 子供は常に私達おとなの足を引っぱるだけです。
  身勝ってで"足が臭い"ハンバーグ エビフライ カニしゆうまい 
  コーラ 赤いウインナー カレーライス スパゲティナポリタン
  好きなものしか食べたがらない
  嫌いな物にはフタをする 泣けばすむと思っている所がズルイ 
  何でも食う子供も嫌いだ
  スクスクと背ばかり高くなり 定職もなくブラブラしやがって 
  逃げ足が達く いつも強いものにつく
  あの世間体を気にする目がいやだ 
  あの計算高い物欲しそうな目がいやだ 目が不愉快だ
  何が天真爛漫だ 何が無邪気だ 何が星目がちな つぶらな瞳だ

  そんな子供のために 私達おとなは何もする必要はありませんよ
  第一私達おとながそうやったところで ひとりでもお礼を言う子供がいますか  
  これだけ子供がいながらひとりとして感謝する子供なんていないでしょう
  だったらいいじゃないですか それならそれで けっこうだ
  ありがとう ネ 私達おとなだけで せつな的に生きましょう ネ
  子供はきらいだ 子供は大嫌いだ
  離せ 俺はおとなだぞ 誰が何といおうと私は子供が嫌いだ
  私は本当に子供が嫌いだ

2005年2月11日

●てなもんや三度笠/藤田まこと

昭和37年放送開始の「てなもんや三度笠」の主題歌。あんかけの時次郎に扮する藤田まことの歌である。「俺がこんなに強いのも、あたり前だのクラッカー」「耳の穴から手ぇ突っ込んで、奥歯ガタガタいわしたろうか」等というギャグが炸裂してました。脇を固めるのはこれもなつかしい、白木みのる、南利明、財津一郎、芦屋雁の助、てんぷくトリオ等々オールスターというべき布陣でした。

トホホ度★★☆
お笑い度★★★
意味不明度

  雲と一緒に あの山越えて
  行けば街道は日本晴れ
  おいら旅人 一本刀
  「お控えなさんせ」
  「お控えなすって」
  腕と度胸じゃ 負けないけれど
  なぜか女にゃ チョイと弱い

2005年2月 5日

●笑点音頭/立川談志

「笑点」は昭和41年5月15日(日曜日午後4時半~5時15分)から放送が始まり、この日を一部のファンは笑点記念日と呼ぶ。初代の司会は立川談志で番組のタイトルにはじまり、大喜利という形式、座布団による評価システムなど、現在にまで継承されているお笑いの一ジャンルを築いた。この歌は立川談志が作詞し、かつ歌っており昭和42年1月より現在のテーマに変わるまで「笑点」の主題歌であった。歌詞からすると「笑点」とは笑いのポイントという意味らしいが、これは当時評判を取った「氷点」というドラマのもじりである。「鬼婆屁した ソレ エッヘラヘッと笑え」という品が悪くかつ意味不明のリフレインは談志の自悪趣味が現れているが、音頭としては今市の出来と言わざるを得ない。

トホホ度★★★☆
お笑い度★★★
意味不明度★★★☆

  一、 笑いのポイント 笑点ダイ ソリェ
  アリャリャンコリャコリャ キンカイナ
  ジョークを飛ばせ 笑いを振りまけ
  泣かせるなんて流行らナイ

  それ行け今日チ 笑わせろ ヨイショ
  鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え
  鬼婆屁したソレ エッヘラヘッと笑え

  二、 洒落た 会話の笑点ダイ オヤ
  アリャリャンコリャコリャ イモカイナ
  ユーモアを売れ センスをみがけ
  ガタガタいっても始まらナイ

  三、 馬鹿馬鹿しいのが 笑点ダイ ヨイショ
  アリャリャンコリャコリャ ペケカイナ
  アカデミックがどうのって リアルがこうのって
  理屈を言っても 売れっこない

  四、 頭へ来た時ゃ 笑点ダイオヤ
  アリャリャンコリャコリャ パアカイナ
  一生けんめい 仕事をしても
  大して世の中ァ よかァならナイ

  五、 イキが自慢の 笑点ダイ ソレ
  アリャリャンコリャコリャ セコカイナ
  黙ってる奴ァ たいがい馬鹿だ
  気取っていたって もってこナイ

  六、 文化の先端 笑点ダイ ソレ
  アリャリャンコリャコリャ チンケカイナ
  取っただけ使え いずれは死ぬよ
  ウジウジためても 残りっこナイ