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2008年06月23日

●時そば

「時そば」と言えば「寿限無」と並んで数ある落語のネタの中で知らない人は居ないという程有名です。

「うまかったよ、幾らだい?」
「へい十六文で」
「銭が小さいから手をだしな、ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ、今何時だい」
「へい、九つで」
「とう、十一、十二、、、、、十六」
これを見ていた与太郎は時を聞いて一文誤魔化したのに気づき、俺もやってみようと翌晩そばを食いに出て来ます。美味くも無いそばを食った後、昨日の客の真似して
「銭が小さいから手をだしな、ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ、今何時だい」
「へい、四つで」
「いつ、むう、なな、やあ、、、、、、」
というのがどなたもご存知のオチです。

処で、件の蕎麦屋は昨夜の客には「九つ」と答えたのに与太郎にはなぜ「四つ」と言ったんでしょうか?勿論蕎麦屋は謹厳実直で、与太郎を誤魔化そうなんて気持ちはさらにありません。

江戸時代の暦は今と違って太陽太陰暦で、時刻の数え方も日の出から日の入り迄の時間を基準にした不定時法でした。このため夏と冬では一時(約2時間)の長さも違ってきます。ここでは簡単の為に日の出が朝6時、日の入りが18時と仮定して現代の時間に合わせてみると

0時暁九つ
2時暁八つ
4時暁七つ
6時明け六つ
8時朝五つ
10時朝四つ
12時昼九つ
14時昼八つ
16時昼七つ
18時暮れ六つ
20時夜五つ
22時夜四つ
24時暁九つ
当時は時刻の呼び方が複雑で真夜中と正午が九つ、そこから一つずつ減って行きます。前夜の客は九つ頃そばを食っていたので、蕎麦屋は九つと答えたわけです。処が翌日の与太郎はちょっと早めに食ってしまったので、時を聞いたら蕎麦屋が四つと答えたというオチです。江戸時代や明治の頃の落語ファンなら当然と思って笑ったのでしょうが、私にはその謎が良く分からなかったという訳です。

時刻は数字以外にも十二支で呼ぶ呼び方もあり「草木も眠る丑三つ時」と言えば丑ですから午前2時となり、その後の一刻を四つに分けた三つ目を指しています。ですから今風に言えば午前三時半になります。

ちょっと脱線しますが、回教国は今でも完全太陰暦を使っています。毎月大の月と小の月が交互に来ます。このため一年は30日x6+29日x6=354日。つまり一年が354日ですから、太陽暦よりも11日短くなります。このため33年たつと1歳、66年たつと2歳我々より余計に年を取ることになります。完全太陰暦の場合33年で一回りする訳ですから、或る年は8月が真冬になったり、2月が真夏になったりして具合が悪いんぢゃないか?などと余計な心配してしまいますが大丈夫。完全太陰暦を採用してる国は1年中夏なんです。